2016年9月14日水曜日

第2回 大倉山ウィンタースポーツミュージアムのフィールドワーク

5月に引き続き、月曜日開催のフィールドワークとして、大倉山ウィンタースポーツミュージアムへフィールドワークへ行ってきました。今回の参加者は3名。
ミュージアムと展望台リフトのチケット売場は、ジャンプ場横にあります。









まずは、ウィンタースポーツミュージアムへ。学芸員さんに案内していただきました。
こちらは、10月1日からリニューアルのため来年2月中旬まで休館になります。
展示も大きく変わるそうですが、変更にならないところを紹介していただきました。
「宮様スキー大会」は、1930年から開催されていますが、第3回大会からは、大倉山を使用しているそうです。高松宮様がご使用になられたスキー板が展示されています。時代によりスキー板の長さが変遷しているのも興味深いです。中央にあるのは、折りたたみ型のスキー板で大変めずらしいとのこと。

秩父宮様が北海道へスキーツアーにおいでになられたときに、護衛についたのが北海道大学のスキー部でした。その引率をしていたのが、大野清七教授。彼は札幌のウィンタースポーツの礎を築いた人です。秩父宮様が仰ったお言葉がきっかけで、昭和15年の冬季オリンピックの開催地に札幌が決定しましたが、太平洋戦争直前の不安定な状況で中止となりました。しかしながら、これが1972年開催の札幌オリンピックの原動力になったそうです。

1972年札幌オリンピックのコーナーには、当時のメダルや写真、ユニフォームの展示や札幌オリンピックのロゴなどが展示されています。ロゴは日の丸と雪の結晶をデザインされたもので、シンプルだけれど、縦にしても横にしても形が変わらない、斬新なデザインです。
また、札幌オリンピックが開催されるにあたり、地下鉄の開通や幹線道路の整備など、札幌市が発展するきっかけとなりました。



大倉山ジャンプ競技場は、日本で一番大きなジャンプ台だそうですが、こんなサイズです。


最後に、リフトを使って、ジャンプ台の展望台へ行きました。


とても天気が良かったので、展望台からの見晴らしは最高でした。




リフトを降りると、大倉山の名前の由来となった大倉喜七郎男爵の碑がありました。



昭和の初めに、大通公園からまっすぐに見えるこの山にジャンプ台を作り、ウィンタースポーツの発展、札幌オリンピック誘致に尽力された先人たちの大きな志を感じたフィールドワークとなりました。